田中光四郎宗師/SOUSHI:TANAKA KOSHIRO

田中光四郎宗師

SOUSHI:TANAKA KOSHIRO

 昭和15年福岡県田川市出身。神奈川大学法経学部貿易学科卒業。幼少より武道に親しみ、銃剣道・柔道に始まり、空手(和道流・極真会館)、中国武術(形意拳)等を学び、それら武道体験をベースとして、当身・逆技・投げ・絞め技などを総合した実践体術を編み出す。

 

 

1980年、旧ソ連のアフガニスタン侵攻に義憤を感じ、単身、義勇兵としてアフガン・ゲリラ<ムジャヒディン(聖なる戦士)に延べ6年参戦。

最前線に出て戦い、同時にアフガンの兵士たちに武術を教える。戦場で白い空手着姿で武術を教えている田中光四郎宗師の姿は、世界のジャーナリストの注目を集め、”アフガンのサムライ”と畏敬を込めて報道されている。

その後、アフガンの難民救済のため数十度にも渡りアフガニスタンに行き、莫大なお金と物資を寄贈している。
1990年、インド北西部のダラムマサラでダライラマ法王14世と出会い救援物資を寄贈。法王の警護室への武術指導を請われている。
2004年、フィリピン・セブ島の警察・特殊部隊SWATチームを指導。
その他、ミャンマー、タイ、エジプト、イラク、アメリカやヨーロッパ各国へも指導に赴いている。田中宗師の実力は海外から高く評価されている。現在、「日子流護身術・小太刀」宗師として武術と武士道精神を後身に伝えている。

 

著作:アフガンの侍(福昌堂)、照準のなかのソ連兵(ジャブラン出版)、日子流体術・目録技解説(壮神社)、一所懸命(小出版流通センター)、武侠一代ケタ外れ(壮神社)その他。

掲載著書:月刊空手道(2013、5)、フルコンタクト空手(2013、5)その他多数。


英訳

an English translation

 

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沿革/理論

 

福岡県田川の郷に「彦山」という修験山があります。
出羽の三山、紀州の吉野、そして九州の彦山が謂わゆる
日本の三大修験場であったと言われております。

「彦山」は古来「日子山」と言われ
「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」の天太子即ち
「天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)」が降臨され、
山の本主として崇められたと伝え残されております。

 090528 沿革、理論1 彦山 .jpeg

「日子流体術」はこの「日子山」より名をとって
宗師田中光四郎が昨今名乗りをあげた新流派であります。

宗師は幼少の頃から武道に親しみ銃剣道、剣道、柔道に始まり
空手、意拳等を学び、当身、逆技、投げ、絞め技等を総合した体術を修得し、
不二流体術第二代宗家を古賀不二人師より印可され二十年に喃とする間世界を歩き、
その武名と技は世界に有名となりました。
 
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 (↑田中光四郎先生)


不二流体術に於ては初伝の目録技を指導し、後進に道を託して勇退、
日子流体術に於ては中伝の「小太刀、懐剣技を中心とする護身体術」として、自身の技を集大成するとともに、日本文化を世界に印し残すべく新に結成されたものであります。

日子流の戦闘理論は実戦的且つ極めてシンプルです。
「敵の攻撃に合わせて体捌きしつつ、一歩前に出る」
実はたったこれだけのことなのです。 

しかしたったこれだけのことですが、奥が深く、
実際にやってみると思うとおりに体が動きません。
たとえ約束された動作であっても、思いきって攻撃してくる相手に対して
反射的に体捌きして入り身するということは、相当な修練を必要とします。
ですが、この修練があるからこそ、実戦で役立つものになるのです。

ここには実戦を意識し、「現実に使用できるか?」
という観点から決してぶれない宗師の精神があります。

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